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東京地方裁判所 昭和49年(借チ)1010号 決定

申立人

若松友次郎

右代理人

大崎康博

外一名

相手方

田中金次

右代理人

高島良一

外二名

主文

申立人が相手方に対し本裁判確定の日から三月以内に金六四万円を支払うことを条件として、次のとおり定める。

1  申立人が別紙目録(二)記載の建物を取毀し、跡地に敷地の北西側境界線より五〇センチメートル以上離すことを条件として同目録(四)記載の建物を建築することを許可する。

2  申立人と相手方との間の別紙目録(一)記載の土地に対する賃貸借契約の賃料を本裁判確定の月の翌月分から一カ月3.3平方メートル当り二五〇円に改定する。

理由

(申立の要旨)

一、申立人は、相手方から別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という)を賃借し、同地上に同目録(二)記載の建物(以下本件建物という。)外三棟の建物を所有している。

二、申立人は、その所有建物のうち本件建物をこれまで薬局経営者に賃貸していたが、このたび右賃貸借契約が終了したので、これを取毀し、跡地に別紙目録(三)記載の一般住居用建物(以下改築建物という。)を建築し、これを他に賃貸することを計画している。しかし、相手方は、本件建物が老朽化していることを理由にその敷地の返還を求めており、右改築について相手方の承諾を得ることができない。

三、よつて、右改築について相手方の承諾に代わる許可の裁判を求める。

(申立の当否)

一本件資料によれば、申立の要旨一、二記載の事実が認められる。

二相手方は、次のような理由により本件改築の申立は却下もしくは棄却されるべきであると主張する。

(一)  本件建物は、既に朽廃しており、または朽廃間近であり、仮りにそうでないとしても、本件賃貸借契約は、昭和四九年一二月末日をもつて期間満了しており(相手方は、更新拒絶を主張し、右拒絶には正当事由がある。)、いずれにしても申立人の賃借権は消滅している。

(二)  改築建物は、本件建物に比較し、その用途、規模、構造において本件建物と全く異なる建物であり、このようなものは、借地法第八条の二第二項にいう増改築に該当しない。

(三)  改築建物は、建築基準法に定める建ぺい率に違反する建物である。すなわち、本件土地の建ぺい率は、住居地域として六〇パーセントであるところ、申立人所有の本件建物外三棟の建物の建築面積(総計)の本件土地に対する割合は、80.16パーセントであり、本件改築によりこれが87.54パーセントになるから、法定の建ぺい率をはるかに超過することになる。

(四)  改築建物は、その北西側隣接土地との境界線から四〇センチメートルしか離れていない部分があり、これは、民法第二三四条に違反する違法な建築である。

三相手方の主張に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

(一)  本件資料によれば、本件建物はかなり老朽化してはいるが、現に朽廃しているとは到底認められず、また極めて間近に朽廃する建物であるとも認められない。さらに、相手方が主張する更新拒絶の正当事由の存在も、本件資料によつてはただちには認め難い。

(二)  本件建物、改築建物ともに構造は木造二階建で、延面積は本件建物が73.70平方メートルであるのに対し、改築建物は71.88平方メートルであり、用途は異なるものの、これが借地法第八条の二第二項に定める増改築許可の裁判の対象に含まれるものであることは疑問の余地がない。

(三)(1)  本件土地全体を一の敷地としてとらえた場合、その地上の建物全部の建築面積の本件土地面積(なお、申立人、相手方間の賃貸借契約の目的土地の面積は、別紙目録(一)記載のとおり347.41平方メートル(105.09坪)で、これは当事者間に争いないが、道路整備などの結果、現在、申立人は、391.31平方メートルをその所有建物の敷地として使用している。)に対する割合が法定の建ぺい率六〇パーセントを超過していることは、本件資料により明らかである。

また、このことは、本件建物を取毀して改築建物を建築することによつても結論に差異を生じない。

しかしながら、建築基準法に規定する建ぺい率の制限は、地上の二以上の建物が用途上不可分の関係にある場合を除き、原則として各建物ごとに分割された敷地部分に対する建ぺい率として考慮すれば足りぬものと解される。(同法第五三条第一項、同法施行令第一条第一号参照)

本件の場合、改築建物は、構造上は勿論、用途上も他の建物と別個独立の賃貸用の住宅であつて、他の建物と用途上不可分な関係にあるとは認められず、したがつて本件建ぺい率も改築建物とこれに対応する敷地との関係としてとらえれば足りることになる。

しかして、改築建物の建築面積は36.356平方メートル、敷地面積は60.815平方メートルであるから、建ぺい率は59.7パーセントとなり、結局本件改築は法定の建ぺい率に違反しないことになる。

(2)  なお、右のとおり改築建物が建築基準法に定める建ぺい率制限に違反するものではないとしても、借地法第八条の二第二項にいう「土地の通常の利用上相当」といえるか否かの判断に際しては、借地全対として建ぺい率違反の状態があるという事実を申立人に不利な事情として評価することが可能であろう。

しかしながら、本件においては、右違反状態が生じて以来、ある程度年数が経過しており、また本件改築を許可しないことが右違反状態の是正に直接役立つものでもなく、のみならず本件改築により全体として現状より改善されること、他の建物については、将来その改築の際に是正することが期待されることなどに鑑み、右違反状態をもつて本件改築を不相当とまで認定するのは妥当でないと考える。

(3)  ところで、申立人が計画している改築建物の敷地面積は、別紙添付図面(一)のとおり60.815平方メートルであるが、右敷地部分には本件建物に隣接する申立人所有の二棟の建物の屋根の一部が張出しており、このため申立人は、建築確認を得るに際し、本件改築工事完了までに右隣接建物の屋根の右敷地部分への張出部分を撤去する旨の念書を目黒区建築主事宛に提出している。

鑑定委員会は、意見書のなかでこの点にかんし、「改築建物の敷地を既存の隣接建物の敷地として相当と考えられる部分にまで拡張し、このため隣接建物の屋根、庇などの一部を削ることを前提とすることは、敷地の通常の使用の範囲を逸脱し、常識的にも不可解であるばかりでなく、本件許可の理由が建ぺい率の逐次改善にある趣旨にも反するものである。したがつて、隣接建物を現状のままとし、その妥当な敷地の境界線を次のようにするのが妥当である。道路側間口5.70メートル、奥の間口6.30メートル、西側の奥行(新建築線より)九メートル、東側の奥行(新建築線より)9.20メートル、以上による概測地積は五五平方メートルとなり、建築面積は三三平方メートルで、賃貸用住宅の建築に支障はない。」という趣旨の意見を述べている。

鑑定委員会の右意見は相当であると考えられ、(なお、意見書が建築面積を三三平方メートルとしたのは、敷地面積の六〇パーセントを採用したものと思われる。)また、申立人も右意見書記載のとおり敷地面積を縮少し、これに伴い、改築建物の建築面積を相当範囲縮少することも可とする旨の意向を表明しているので、結局、本件改築は、右意見書に従い別紙目録記載の建物を建築するかぎりにおいて、これを相当として許可することとする。

(四)  別紙添付図面(一)により明らかなごとく、本件改築建物は、北西側に隣接する土地との境界線から四〇センチメートルしか離れていない部分が一部存在する。鑑定委員会は、この点に関し北西側隣接第三者の建物も敷地境界より三〇センチメートル程度にあり、相互に苦情の申立なく、また環境上あるいは近隣関係の日照その他の点で悪化が認められないことを理由に、差しつかえない旨の意見を述べている。しかし、本件土地の北西側隣接土地の所有者は相手方であり、その相手方が右の点について異議を述べている以上、その土地の賃借人たる隣接建物所有者が苦情を申立てていないからといつて、ただちに許されると解するのは相当でなく、本件資料によつても、特に異なつた慣習があるとも認められない本件においては、やはり民法第二三四条第一項の制限のとおり改築に際しては、境界線から五〇センチメートル以上の距離をとることを要するものと解すべきである。したがつて本件改築を許可するにおいては、右の点を条件として許可することとする。

(五)  その他相手方が述べる異議事由は、いずれも、本件改築を不相当と認めしめるに足りず、他に不相当と認めるに足りる事情も存在しない。

四よつて、本件申立を主文1の範囲において認容することとする。

(附随処分)

一鑑定委員会は、給付額算定の基礎としての敷地の範囲を貸借地全体の三分の一と判定し、更地価格を一平方メートル当り一八万五〇〇〇円を評価したうえ、本件借地に関する過去の経緯その他の事情を考慮し、右敷地部分の更地価格の四パーセントにほぼ該当する金八五万七〇〇〇円が本件における財産上の給付額として相当である旨の意見書を提出した。

二当裁判所も、本件改築により借地の効用が増加することになるから、当事者間の利益の衡平を図るため申立人に財産上の給付を命ずるのが相当であると考える。

しかして鑑定委員会の右意見書の給付算定方法は、敷地の範囲を本件土地の三分の一と判定した点を除き、相当と認められる。

すなわち、本件改築建物の敷地面積は、前記のとおり五五平方メートルであるが、ただ改築建物の敷地の本件土地に占める場所、改築建物と申立人所有の他の建物との位置関係などに鑑み、給付額算定の基礎としての敷地面積としては本件土地の四分の一程度と評価すべきである。したがつて、本件土地の四分の一の土地の更地価格(347.41平方メートルの四分の一に一八万五〇〇〇円を乗じて算出した)一六〇六万七七一二円の約四パーセントに相当する金六四万円をもつて本件財産上の給付額と定める。

三また、本件土地に対する賃料については、鑑定委員会の意見に従い、本裁判確定の月の翌月分から一カ月三、三平方メートル当り二五〇円に改定することとする。

四なお、相手方は、財産上の給付額中に更新料を考慮すべきである旨主張するが、本件では、借地期間に関する附随処分は行なわないから、契約更新に伴う法律関係については当事者間の自主的交渉に委ねるのが相当であると考え、本件財産上の給付額算定にあたつて特に更新料なるものは考慮しない。

(結論)

よつて、申立人が相手方に対し本裁判確定の日から三月以内に金六四万円を支払うことを条件として、主文1、2のとおり決定する。 (前島勝三)

〈目録省略〉

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